「死 ん だ 妻 に 似 て い る」について考える

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こんばんは、みさきんぐです。
最近TVを見る時間ができ、それに伴って音楽番組を目にすることも増えました。そこで知り、見、衝撃を受けた曲があります。ゴールデンボンバー「死 ん だ 妻 に 似 て い る」

死んだ妻に似ているとは?

果たして、似ている人に出逢う確率はどれくらいなものなのだろうか。ちなみに私は父にも母にも似ておらず、周りにそう思える人もいない。最大限に痩せて顔面の面積を思いっきり縮めてとにかくかわいくさせたら多部未華子に似ていると言われたことがたった一度だけ。そしてどんなに頑張っても多部未華子にはなれなかったのである。多部未華子と同じ要素は今性別しかない。
多部未華子

日本において「似ている」顔を最も多く持つ人はお笑いコンビ、ハリセンボンの近藤春菜だろう。角野卓三、マイケル・ムーア、カンニング竹山、亀井静香、シュレック、……。人ではないものが混じっていたようだが、この確率というか、顔というか、恐れ入る。何故こんなにも似ている人がいるのか。
近藤春菜

それをこの「死 ん だ 妻 に 似 て い る」に置き換えて考える。

そこまでそっくりな人が目の前に現れるとは考えにくい、近藤春菜でない限り。ただ、その亡くなった妻のことが忘れられず追い求めている結果が、同じ女性に妻の影を求めること。実際にMVを観てみよう。今の彼女(と思われる人)が菊池亜美、元妻が……誰だ……?気持ち悪いが似ている……。まあいい、そこは隅っこに置いておこう。これは誰なのか、とにかく調べてみた。

すると判明したのが、この人は冬美ちゃんという方であるということ。さらになんとこの冬美ちゃん、喜矢武豊(ゴールデンボンバーのGita-)が女装した姿だというのだ。な、なんだと……似すぎだ……。「さよなら冬美」という曲があり、そこから彼は冬美となり(女装し)活躍していて、一部からその姿が「菊池亜美に似ている」という声が上がっていたらしい。それを取り入れての今回のMVというわけだが、私はこの「勢い」に感銘を受けた。そもそも、アイドルにこのようなことをさせるのに抵抗を持つ人、twitterが炎上したり首が刎ねられたりするのではと恐怖を持つ人、いるだろう。だが、彼らは「面白そう」と思ったら真っ直ぐに突き進む。誰に何と言われようと自分たちの道を行く。その素晴らしさは際立っているように思う。

とにかく耳に残る

「死んだ 死んだ 死んだ」という三回繰り返しに、常に発揮される鬼龍院翔の作詞能力(キャッチ―さ)も相まって一度聴いたら頭からはなれない。

Aメロがお経風なのも面白い。しかし今回、この楽曲で注目するべき点はそこでもMVの赤ちゃんが気味悪いことでも洋画「ゴースト」のパロディをしているところでもなく、「アイドル性」だろう。サビでフレーズ三回繰り返しというのは、あの秋元康氏によると
秋元康

ヒット曲の法則らしい。例を挙げるとAKB48「会いたかった」の「会いたかったー 会いたかったー 会いたかったー♪YES!」やKARA「ジェットコースターラブ」の「fall in fall in fall in love」「makin’ makin’ makin’ love」などだろうか。これが本当なのかはかなり細かく調査しなければ分からないため断念するが、比較的この三回繰り返しはアイドルソングに用いられている気もする。やはり「耳に残る」ことを重視した結果なのだろう。


(ちなみにわたくし、KARAが大好き。)

また、この「死 ん だ 妻 に 似 て い る」の間奏では「ああ~~~よっしゃ行くぞ~!!!!!!!」というコールも入っている。彼ら(というより鬼龍院翔)はアイドル性(と、それを取り巻くもの)を意識してこの曲を作ったのではないか。

菊池亜美と冬美ちゃん、三回繰り返し、コール。上手く取り入れられた面白い曲であると改めて感じた。まあそんなことはどうでも良くて、彼らが楽しめて聴き手が楽しめればそれでいい。面白いことを求めて、楽しませようと奮闘して、沢山の馬鹿げた楽しいパフォーマンスをしながら多くのことに挑戦していくゴールデンボンバーは、まさにエンターテイナーである。

ちなみに、三回繰り返し法則を耳にして「売れたい!もう一度ヒット飛ばしたい!」とそれを取り入れたもののあまり振るわなかった楽曲は氣志團の「SUPER BOY FRIEND」だ。

別に氣志團を責めるつもりで書いたわけではない。彼らもまたエンターテイナー。氣志團万博とか毎年すごいもんなあ。

こういうエンターテイメント性に優れたアーティストばかり集めたライブとかあれば楽しいんだろうなー、という独り言。