3月のライオン 1

世界が狭いと感じたことはあるだろうか?

あるいは、息苦しいでも構わない。主人公の桐山零もどこかそんな世界における自らの異物感を自覚している。それが本作の特徴だと言える。

天才ゆえの苦悩

彼は高校生でありながらプロ棋士である。つまるところ、将棋を差してお金をもらっている人間だ。15歳でプロ棋士になった例はあまりなく、その点において彼は才能に恵まれていたと言えるだろう。
けれど、彼にはそれを素直にありがたがれない事情があった。複雑な家庭環境故に懊悩する姿を感覚的にダブらせてしまう人は多いのではないだろうか。それが世界に感じる狭さ、息苦しさ、異物感なのだ。
将棋マンガではあるが、将棋が大きく関わる話ではない。将棋を打っていると、昔のことを思い出す――そんな装置として使われている感があるくらいだ。けれど、たとえそう感じたとしても、現実は違う。パッと視界が切り替わり、昔ではなく今に戻ってくる。昔と今をダブらせてしまうがゆえに彼は苦しんでしまう。

きつく苦しいだけじゃない

けれど、そんな彼にも居場所のようなものがある。川本家の存在だ。
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作品の人物相関図

川本家の三姉妹は少々お節介なくらい、桐山に世話を焼いている。食事の提供をしたり、対局の結果を気にしたり、そういったことを流れるままに享受してしまう。流されるままの桐山はそんな彼女たちとの交流を経て、同じように昔を思い出してしまう。
自分はこのままここにいていいんだろうか。ここにいる意味はなんだろう。高校でもその異色さ故に浮いてしまう彼は、それでも大事なものを守ろうとする。それは彼が抱える複雑な事情というものであり、彼の精神性にも大きな影響を及ぼしている。詳しい事情に関しては本作を読んでからのお楽しみということで。

それでもきっと前に進む

改めて記すと、本作「3月のライオン」は決して明るい雰囲気の作品ではない。タイトルの由来もプロ棋士の昇給降級をかけた対局が3月にありそこから来るとされている。つまり、誰もが追い立てなければいけないのだ。生きていくには将棋を差すしかない。将棋を差す中で桐山は、決して楽な気持ちになったことはないのだろう。狭くて、息苦しくて、申し訳なくて、罪悪感に駆られる。それでも差す。
暗澹とした雰囲気は読んでいて非常に心を痛める場面すら出てくる。けれど、その主人公である桐山に対するその深い共感こそが本作の持ち味なのではないだろうか。プロ棋士という一見共感しづらいエリートな職業に見えても、一枚めくってしまえば普通の高校生である。ちっぽけなことで悩んだりするし、意外と複雑な事情を抱えていたりもする。
将棋なんか、とっつきにくい……なんてことを言わずに読んでほしい。きっと彼に共感できるはずだ。

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