『名探偵コナン 純黒の悪夢』に見る、組織に生きる個人のあり方

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タイトルの通り、『名探偵コナン 純黒の悪夢』を見てきました。雑感をまとめておきます。
 

一言でまとめると

組織の中で個人はどう生きていくべきか。
少年たちと出会ったキュラソーの心の変容と決断、行動に至るまでの過程が描かれた作品でした。

 

本作に垣間見る組織と個人のあり方

本作には様々な組織が登場し、それぞれが抱える理不尽さ、個人の生きづらさが描かれています。

目暮警部は「こんなときに組織の違いで争ってる場合じゃない。協力しよう」的なことを言っていました。組織という集団において、時に意に介さない理不尽な出来事に多く遭遇するでしょう。物語中盤、警部が属する捜査一課は公安に捜査権を奪われてしまいます。それでも事件解決という目的のために、警部のブレない意志が見られたシーンです。様々な圧力のかかる組織の中で生きていくには、この”ブレなさ”みたいなものがとても大切な気がします。

ちょっとでも失敗したらor疑いがかかったら即クビ(殺害)なジンの兄貴。自分の上司だったらと考えると怖すぎです。さすがは黒の組織、まさにブラック(笑)
そう考えると、今回の映画はキュラソーが人間らしさを取り戻し、ブラック企業を辞める話だったのかもしれませんね。

組織が大きくなればなるほど、鈍感さは増していくように思います。組織に属しているからこそ、個人が指針を持って行動すべきなのだと思い知らされます。
 

この映画が伝えたかったこととは

上述の通り、様々な組織やそこに生きる個人が描かれている本作。中でも最も大きな動きを見せたキュラソーが、この映画の主題と言えるでしょう。

物語終盤、キュラソー属する黒の組織の思惑によって、少年探偵団の子供達が危険に晒されます。キュラソーは、組織の言いなりだった時とは違う自分、笑顔でいられる自分に気づかせてくれた少年らへの想いから、ついに一歩を踏み出します。

キュラソーは、新たに生まれた大切なものを失わぬよう、組織に従い続けることをやめる決断をしたのでした。人の価値観は日々変わっていくものです。最初は親など身近な人の価値観のもと育ち、その影響を大いに受けますが、生きていくうちに人との出会いや経験を重ねて、少しずつ、時には劇的に変わっていきます。自分の価値観が、組織の価値観とズレてきたと感じたときが、新たな一歩を踏み出すチャンスなのかもしれません。
本作『純黒の悪夢』は、「組織の中で個人はどう生きていくべきか」という問いに対し、キュラソーの心の変容と決断、行動を描くことで一つの答えを提示しているのです。

このまま待っていれば組織に戻れる……
くっ……確かに黙って組織に属していれば安泰……
会社を辞めて新しいことを始めたいけど踏み出す勇気がない今の自分にとって、とても重い台詞だ……
 

最後に言い忘れたこと

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